超俗奇癖の酒豪(Ⅰ)

外交官で、末はベルギー公使から、松山の市長にもなった加藤恒忠なども、平素はハイカラな紳士で、押し出しもよく、外務大臣にもなれる人といわれた人物だが、無邪気に酒をたのしむばかりで、俗っぽい野心をもたずに酒をたのしんだ粋人である。

やはり柳田国男が大学生のころ、加藤を訪問したときに、一見いかにもフランス留学を経験したスタイリストとして映ったが、よく知ってみると、なかなかの人物で、粋を心得ているのに感心したという。淡白な性質で、あまり金も持たず長屋住まいもしたかれだが、相手の身分、貧富にかかわらず、誰をも快く家に迎えいれては大杯をかわしたそうである。正月には玄関に「主人在宅、取次不在、年賀の諸君はドンドン上がり給へ」と書いた貼紙をしていた。それで次々と若いものも現れ、座敷にあがりこんだが、加藤は泰然たるようすで、大礼服を着たまま大酒をぐいぐい飲んで、談論風発の態でいた由である。つづく

「酒が語る日本史」 和歌森太郎 河出文庫