五分間の芸術 美空ひばりの「酒」石本美由起

〈前号につづく〉

悲しみを心にしまう日本人

彼女が孤独感をまぎらわすためにお酒を飲んでいたかは知りません。確かに酒が強くてよく飲んでいたようですが、他人には悲しさを見せない人でした。あの歌は彼女自身の心の叫びのように聞こえますよね。それが彼女の力です。彼女には「港町十三番地」や「哀愁波止場」など、僕の作品を数多く歌っていただきましたが、明るい歌も悲しい歌も彼女が歌うと彼女の歌になってしまうのです。

あの音域、声量などをもって彼女を天才と呼ぶこともできるでしょうが、作詞家側から言うと彼女の、歌の持つ情感を正確に歌い上げる力こそ、天才的な才能です。いつ、どんな時でも歌の中の主人公になっていけるのです。そのため、聴く人はどんな歌でも彼女自身のことを歌っているように思ってしまうのでしょう。

彼女は昭和という時代が生んだ大歌手です。流行歌は時代の写し絵とも言いますが、ひばりさんの歌だけをたどっても、戦後から昭和が終わるまでの四十数年間の時代が見えてきます。

終戦後、ひばりさんはブギウギを歌って、沈んでいきそうな時代を盛り上げていきました。また、高度成長が始まった当初は「お祭りマンボ」といった歌で、人々の夢を囃し立てた。さらに、豊かになり、盛り場に浮かれているが多くなっていった時には、しっとりと落ち着いた歌で、時代に翻弄されてしまう人々に大切なものは何かを問いました。

「悲しい酒」を美空ひばりさんが歌い始めたのは昭和四十一年です。日本人は哀愁民族だと思います。夢や希望を語るよりも人生の悲哀を忘れないでおこうとします。悲しい心を酒で忘れると言いながら、その悲しみを実は大事にしている。私はあの歌で、日本人らしさを問おうとまでは思いませんでしたが、ひばりさんが歌ったことで、表面的な成長の裏にある日本人の情念を語るような歌にまで育っていったのですね。

美空ひばりを失ってからは、歌も多様化の時代です。今の歌を聴いたり若い方たちを見ていますと日本人の心も少し変わったのだなと思います。今の時代に演歌はどうあるべきなのでしょうか。時代は変わりましたので、演歌も変わらなければいけないと私は思います。夢や希望、そして悲しみを新しい時代のメロディに乗せていきたい。それは新しい歌手との出会いでいつか実現するでしょう。

〈つづく 4/5〉

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