酒に徹する奇人たち

酒のためにとんだ失態を演じた武士がいたものである。やはりこの将軍(家斉)のときだが、射術上覧の行事があった。だいたい射士たるものは、極度に緊張して気おくれしがちなので、内々酒を飲んで、度胸を強めつつ出場する慣いになっていたが、某という武士は、そのための酒をだいぶ飲みすごしてしまった。かれは酔っぱらって、的に向い弓を打ちおこしたのに手がぶるぶるふるえて、的にねらいを定めるどころではない。後方にそっくり返って倒れ、両足を天に向けてばたばたしている。

これはたいへんと、人々が出てきて彼の身体を起こし、病気の故にということで退場させようとした。しかし、かれは、射術上覧の晴れの儀に出たものとして、退くわけにはいかぬと、気丈に頑張る。再び矢をつがえて的に向かったが、手先が一向に定まらぬ。どこへ矢が飛んでいくかわからぬ。これは危険だと、組頭や御目付も出合い、ようようにかれをつかまえて休息所にひきもどした。その上で自邸に帰った。

酔いがさめて、自分の所為の経過を聞き、すっかり驚き恥じいり、以来何もする気力なく呆然と過ごしていた。数日して覚悟をきめ、自分が将軍の御前でそんなぶざまなことをした以上、とうてい生きてはいられぬと決意をした。事が酒に酔うての失敗だったのだから、大いに酒を飲み続けて死んでいこうと、妙な理屈を考えた。「甲子夜話」によると、

日々酒を呑むこと絶へず、勉強豪飲遂に酒を以て病を得て死せりとぞ。

とある。それくらいならば、他にも選ぶべき道もあったろうにと、筆者松浦静山は批評している。

酒が語る日本史 和歌森太郎 河出文庫

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