続:七百年前の酔いどれ百態

原文:「かく疎(うと)ましと思ふものなれど、おのづから捨てがたき折(おり)もあるべし。月の夜、雪の朝(あした)、花のもとにても、………」

通訳:「このように、飲酒はいやなものだと思うが、時と場合によっては捨てがたい風情がある。

秋の名月の夜、冬の雪の朝、また春の桜の花の下でも、ゆったりと落ちついて会話を楽しみながら杯を交わすとき、さまざまな感興がわいてくる。

用事がなく暇な日に、ひょっこり友人がやってきて、一杯やるのも、気分がいい。また、遠慮の多い高貴な方が御簾(みす)の中から上品な声音(こわね)で果物や酒を差し出しているのも、何か親近感がわいて、すばらしく感じられる。冬、狭い部屋で火をおこして煮物をし、心おきない者同士が向かい合って大いに飲むのは、じつに愉快なものだ。

また、旅行中の仮の宿屋とか行楽時の野山などで、「酒の肴に何か欲しいな」と言いながら芝草の上に座って飲んでいるのも、おもしろい。まったくの下戸が無理強いされて、仕方なしに少し口をつけるのも、なかなかいいものだ。身分も教養も高い紳士が特別の好意を示して、「もう一杯いかが。杯の酒が減ってませんな」などと言って勧めるのは、うれしいものだ。

また、親しくつきあいたいと願っていた人が、とてもいける口で差しつ差されつしているうちに、すっかり意気投合してしまったのは、これまたじつにうれしい。」

「徒然草」酔いどれ百態 世には心得ぬこと(第百七十五段) 武田友宏 角川ソフィア文庫

「つれづれなるままに……」と気まぐれに700年前の「その時」を見つめてきた兼好法師。(1282~1352年)これまでは酒のマイナス面を拾ってきたが、終わりはメリットで酒場のブログらしく体裁を整える。中秋の名月は近い。