瓶盞病(銚子盃病)

古往今来、凡そ酒徒なるものは、深浅の別こそ有れ、誰しも「瓶盞病(びんさんびょう)」(銚子盃病)に罹つていないものはない。善く言えば酒趣体得であり、悪く言えば酒精中毒である。「瓶盞病」とは何ぞや。宋の陶穀の「清異録」酒漿門に曰う。

酒ずきは朝となく晩となく、寒いにつけ暑いにつけ、楽しいと言っては酔い、愁いても酔う。閑だと言っては酔い、忙しくても酔う。肴の有る無し、酒の善し悪し、一切構わず。質入れ、無心、借金、掛買い、一向平気で、日ごとに飲み、飲めば酔うまで。酔うを厭わず、貧しきを悔いず、俗にこれを瓶盞病と名づける。「本草」(薬物学書)を片端からめくっても、「素問」(古代の医書)を仔細に検(しら)べても、此に効く薬ばかりは出ていない。

これは全く四百四病の算盤はづれ、小娘の恋の病と同じこと、飲ます薬が無いのである。

酒中趣 青木正児 筑摩叢書