止酒の詩 (2)

北宋の梅尭臣(ばいぎょうしん)に「樊(はん)推官勧(すす)ム予ニ止酒ヲ」と題する詩がある。これは病のため、推官(裁判官)樊なにがしの忠告を納(い)れて酒を止めようと決心したもので、その詩の意味は左の通り。

[若い折から酒好きで、酒ならあまりひけを取らなかったが、

今は早や歯も髪も衰えて、飲むのは好きだが多くは飲めない。

飲むといつでも吐いたり下したり、六腑の和らぐはずはなく、

二日酔いで頭挙がらず、部屋はぐるぐると渦巻く。

楽しもうとして返って病むのだもの、どうして衛生に叶う道理があろう。

もうこれから止めようと思うが、ただ人にひやかされるのが気になるばかり。

樊君も止めよと忠告し、遠慮なく苦言する、

なるほど止めるが良いと覚った、止めなくてどうするものか。]

折角決心して酒を止めたところに、一友から書信で「時雨乍(たちま)ち晴れ、物景鮮麗」だから一杯やろうと誘われた。彼はその返事に一首の詩を贈り、「君但(た)ダ晴景ヲ惜メ、言フ休(なか)レ止酒ハ非ナリト」と答えて堅く禁酒を守っていたが、そろそろたががゆるみかけて、また別の一友から長篇の詩をもってその解禁を勧告されると、遂にあっさり冑をぬいだ。

[汝州ノ王待制(たいせい)以テ長篇ヲ勧ム予ニ復(また)飲酒ヲ因リテ謝ス之ニ]と題する一長篇はその降伏状である。

篇首に「前二飲酒多キニ因(よ)リテ、乃(すなわ)チ営衛(血液の循環)ヲ苦シメ傷(いた)メ、血ヲ吐クコト数升(数合)、幾(ほとん)ド病肺ト成ル」とあり、血を吐いたので肺病になりかけたと思っているが、実は胃潰瘍であったらしい。そこで汝州の王待制(顧問官)から色々飲酒の益を説かれた由(よし)を述べて、「茲(これ)ヨリ願クハ少シク飲ミテ、但ダ疾ヲシテサカンナラシメジ。此(これ)ヲ書シテ以テ公(きみ)二謝ス、公ノ言ハ誠二味(あじわ)ヒ有リ」と謝意を表している。待ってましたとばかり、再び飲酒を始めたことであろう。瓶盞病に一度罹(かか)ったら最後、〈中略〉不治と観念するより外はない。自分では止酒と誓っても、悪友か善友か、誘いもするし、誘われたくもあり、切っても切れぬ腐れ縁、その一例を先ず梅尭臣において見出したわけである。〈つづく〉

青木正児 酒中趣 筑摩叢書

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