大飲大食の会

以前かって維新の司法卿「江藤新平」の極貧生活をアップした。質素な生活をしていた武士たちに比べ、初鰹に途方もない大金を払う富豪町人もいた。

金にモノを言わせ文化十四年(1817年)三月に挙行した「大飲大食の会」。場所は江戸両国柳橋の万屋(よろずや)八郎兵衛方、酒組と菓子組にわけ行われた。

○酒組

一) 三升入り盃 六盃半(計一斗九升五合) 芝口 鯉屋利兵衛 三十歳  その場に倒れ、余程の間だ休息致し、目を覚まし、茶碗にて水十七盃飲む。

一) 三升入りにて三盃半(計一斗五合) 明屋敷の者 跡にて少しの間倒れ、目を覚し、砂糖湯を茶碗にて七盃飲む。

一) 三升入盃にて三盃(計九升) 小田原町 堺屋忠蔵 六十八歳

○菓子組

神田 丸屋勘右衛門 五十六歳  饅頭 五十 羊羮 七棹 薄皮餅 三十 茶 十九はい  (略)

実に文字通りの牛飲馬食、呆れ返った連中であるが、太平の楽事羨むべし。僅かばかりの配給米に露命をつなぎ、たまさかの配給酒か闇酒に咽をうるおし、一きれの羊羮にああ甘かったと舌鼓を打つ当世(戦後間もない頃)から考えると、まるで嘘言(うそ)のような話である。

酒中趣 青木正児  筑摩叢書

注)鯉屋利兵衛 一斗九升五合=1.8㍑19本半      明屋敷の者 一斗五合    =1.8㍑10本半      堺屋忠蔵   9升         =1.8㍑ 9本