京の味 (1/3)

ある夕、A氏らと酒を飲んで坪内某という京都人のことを肴にしたことがある。坪内某はすでに故人だから、さしさわりはない。織田信長のコック長(御賄頭 おまかないがしら)である。

「あれは、京都人の一典型や」

と、席上、ある人が絶賛した。

坪内は、織田家につかえる前は三好氏のコック長であった。三好氏は戦国末期に京を占領していた大名だから、坪内がそのコックである以上、その腕のたしかさはむろんのこと、室町風のうるさい儀典料理にも通じていておそらく当時日本一という定評があったはずである。信長が三好氏を追ったとき、このコック長は捕虜になって岐阜に送られた。岐阜で四、五年、「放し囚人 (めしゅうど)」として暮らしたと「続武者物語」などにはあるから捕虜とはいえ、多少の自由はあったのであろう。ただ、包丁は持っていない。それを惜しいとおもったのは織田家の御賄頭の市原五右衛門で、坪内ほどの名人にものをつくらせぬということはありますまい、ぜひ上様の御膳はかれの庖丁にてつかまつればいかがでございましょう、と献策した。

信長は、物の味にさほどの関心のあった男ではなさそうで、坪内をそれほど珍重する気はなかったらしい。

ひとまず、承知した。ただし、

─膳はつくらせる。しかしまずければ殺す。

というのが、信長の条件であった。

坪内は、夕餉(ゆうがれい)をつくった。

試食し、信長は激怒した。このように薄味の水くさいものが食えるか、というのである。

歴史と小説 司馬遼太郎 集英社文庫  つづく

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