五分間の芸術/美空ひばりの「酒」石本美由起

演歌とはどういう歌かと問われますと、私は「巷(ちまた)の歌」と答えます。

歴史を繙(ひもと)けば、大正時代に酒場をバイオリンを弾き弾き歌い歩いた流しを演歌師と呼んでいまして、歌い演じるという意味で演歌という名が生まれました。彼らが歌ったのは「船頭小唄」などでしたが、戦後になって演歌師が歌うことを想定した歌が続々生まれ、それらも演歌と呼ばれたのです。

題材とされたのは庶民の喜怒哀楽、巷間に小石のように転がる人の出会いと別れでした。何かの縁で出会い、その人を慕い、また恋し、そして時には裏切られたり、気持ちとは裏腹に別れなければならなかったりしていきます。

ありふれた日常と言えば言えるでしょうが、人は自分ではどうしようもできない出会いと、別れの中で、希望を燃やしたり、悲しんだりして生きていかなければなりません。私は、ありふれた巷の中にこそ、人の世の真実があるものだと思って歌を作ってきました。

[出会いと別れの場にいつもあるのが酒]

私の作った歌は酒場と波止場を舞台にしたものが多いですね。それはそこが出会いと別れの繰り返される場だからです。喜びと悲しみを比べると、歌にしてきたのは悲しみの方が多いですね。巷に転がる願っても願ってもかなわない切なさ、孤独感を拾い上げてきました。ただ、悲しい歌を求める人の気持ちは、必ずしも悲しくてたまらないものではありません。どん底までいっていない。歌を聴いたり歌ったりする力はまだ残っているのです。そして、この歌に歌われている人よりは救われているなと自分を力づけたり、歌の世界と同じだと気持ちを慰めていくのだと思います。

そう言えば酒も歌と似ているかもしれませんね。酒は気持ちをいちばん打ち明けやすいものではないでしょうか。他人には語れない話でも酒には話すことができますから、酒は、心の叫びを分かち合うという意味だと、人間よりも身近なものなのだと思います。ですから人生を語る歌には酒がつきもので、私もたくさんの酒の歌を作ってきました。〈つづく 1/5〉

石本美由起 別冊サライ 大特集 酒 小学館⋅