二十六武将の㊙健康術

酒は朝酒にかぎるとした北條氏康

(略)

北條家は早雲を筆頭に、氏綱、氏康と続いたが、その北條氏康の話である。氏康は永禄十一年(1568年)八月、七男氏秀に三ヵ条からなる訓戒の手紙を与えた。

その第一条ては、酒のふるまいは朝酒に定めるべきで、それも大酒はよくない。三杯ときめよ。

その第二条では、下知を仰がず勝手に城の出入口をでるものは、即刻、家祿を没収せよ。

そして第三条では、家中の者が、他の陣所へ出向き大酒を飲んだり、喧嘩口論におよぶことのないように堅く申しつけよ。(北條文書)となっている。

親が子どもに酒の説教をすることはよくあるが、朝酒をすすめていることは面白い。氏康は決して下戸(げこ)ではなかった。上杉謙信から三荷(か)の酒樽を贈られた時の礼状には「名酒一入(ひとしお)興を催し候」と、その喜びをあらわしているほどである。

つまり、氏康は酒を好んだが、(福島)正則とちがい、度をすごすことをつつしんでいたらしいのである。酒は朝食のおりの三杯と定めよ、としているのは、氏康自身の酒の飲み方であったようだ。

夜の酒はとめどなく人を酔わす。朝食に添えた適度の酒は食欲増進の役割をはたして、氏康の戦国武将のたくましいエネルギーを養ったのであろう。

戦国武将おもしろ雑学 南條範夫 廣済堂文庫