二十六武将の㊙健康術

福島正則   大酒飲みの危険性

(略)

正則の酒乱ぶりは有名だったらしい。「続明良洪範」にも「福島正則は生得残忍なる人なりと申伝へけれども、多くは酒狂せしと。元来手荒なる上に、酒を過ごされし故、ますます血気登りて、無法の行ひも多かりし。酒気なき時は、思いの外、仁慈の事など有ける」とある。

また、当時の名医延寿院道三(二代目曲直瀬道三)の「延寿配剤」巻二に「広島少将殿常に酒を過ごし、怒気鬱憤食する能ずして水を飲んと欲す」とある。ここに書かれている、広島少将とは正則のことである。

正則が、大酒を飲んで狂人のごとくあばれ回ったのは、どうやら家庭内でのうっ積した気持ちを酒で紛らわしていたようだ。

関ケ原の合戦のはなばなしさにくらべて、晩年の正則は不遇であった。信州高井野に住み剃髪し、号を馬斎(ばさい)と称した。寛永元年(1624年)、六十四歳で病死している。多分、若いころの乱飲が原因ではなかろうかと推測されるのである。が、いっぽうでは、正則は病死ではなく自殺であったともいわれている。

確かに、少量の酒をのむことによって、気分転換が図られるが、しかし、なにごとも適量というものがある。その点で、正則の場合は、度を越したといわざるをえないだろう。

戦国武将おもしろ雑学 南條範夫 廣済堂文庫