2010年1月例会 神の山「三輪山」を登る

「三輪神社と三輪山」。サラリーマン当時私は日本酒メーカーに勤めていた。三輪神社は京都の松尾大社とともに酒の神を祭るので、酒造の始まりと終了時に、杜氏さん達と参拝で訪れたので懐かしさも感じる。

その後はハイキングや自転車で「山之辺の道」を歩いたりして数度行ったことがあるが、山そのものが三輪神社の「ご神体」ということで,登れるとは思っていなかった。

それが昨年のある新聞記事で登山可能を知った。叉、最近この周辺で「卑弥呼」の宮殿らしき跡が発掘されたりして、感心も高まってきたので計画にした。

三輪山は標高467m。山頂まで葯一時間。時間に余裕があるので、集合を遅らせ桜井駅(11:00)から歩いて三輪神社へ行く。昼ごはんを食堂の三輪そうめんで済ませ(11:50)、登山(登拝)口の「狭井神社」へ向かった。

社務所で住所,氏名などを記入(12:15)。入山料否、神域であるから初穂料として300円を払う。

「心構えや飲食・写真の禁止」など神官の注意事項を聞いて,鈴の付いた白いタスキを首に下げると、これまでにない緊張感が湧く。

小さな鳥居をくぐり山に入るといきな登りとなる。階段場には丸太が埋められ、幅広の道は歩きやすいよう整備してあるので、登拝する人が多いのだろう。落ち葉を踏んで鬱蒼とした森を登るものと想像していたが、外れた。

歩いていくうちに岩に注連縄(しめなわ)が張られた「磐座」(いわくら:神が降臨する場)が現れた。この周りで鏡や勾玉(まがたま)などが見つかっているので、祭祀跡かといわれている。

磐座は巨石かと思いきやまた外れ。「降臨の目印」には小さいと思うが、神は可能なのだ。山頂に向かって「辺津(へつ)磐座」「中津磐座」「奥津(おきつ)磐座」がつづくので、山頂まで緊張感が伴う。山頂(13:20)の空が広がっているのは、台風で巨木が倒れたから。黒っぽい沢山の岩が重なった奥津磐座に手を合わせ下山。

どのような人が祈ったのか、占ったのか…。なにしろ大和朝廷以前の話。分からないほど興味も湧く。

緊張感を緩めてくれたのは「黄色い声」。日本の山がジジ、ババに占領されて久しいが、この山は違う。20代の女性が一人~3人で黙々と山頂を目指していくのだ(男性はほとんど無し)。よく見ると登山姿ではなく街歩きの様なので、我々のような登山が目的ではないとわかる。

「古代史の関心だろうか…。」

緑さんが「spiritualです」と。

「?!」。

「最近そういうのが流行っているんです」。

と、いろいろ説明してくれたがそのような流行は知らないし、なにを感じようとして登るのか、興味があるので直接彼女たちに聞けばよかった。

三輪神社の御神体三輪山。再び狭井神社に戻った時(14:30)、厳しい山から戻った時と同じような緊張感が、抜けていくようだった。

最後まで一本の吸殻やゴミも見なかったのは、人々に敬われ崇められている証拠。こういう独特な気分に浸れる山は他に知らない。ひょっとして彼女達の目的が、この緊張感にあるのかもしれない。

「三ッ鳥居」が有名な桧原神社を経由してJR巻向駅へ。曇っていた空の間から光が差し、黄色い夕焼けに染まると、万葉集で馴染みの「二上山」が輝いてきた。

卑弥呼の墓といわれる「箸墓古墳」で「カラスうり」を見つけた。根っ子から育てたいという客のため、古墳によじ登ってゴソゴソ堀り返した。

「女王卑弥呼様。まことにご無礼しました」。

三輪山を下ると、とたんにバチ当たりのオトコに戻るのでした。22.1.11

今夜の反省会:ジュ-タン爆撃を布施に。「ひらた」から始まり、おでんの「宮本」へ。布施の恵比寿さんに詣で(手を合わせた記憶なし),omake「カラオケ」でもう一杯。

ぐでんぐでんのまま気が付けば阪神「香枦園」駅。気遣ってくれたのか浜チャンが付いてきてくれました。

メンバー: 多口 貴子 浜本 弘昭 栗本 圭史・緑 小出 登

次回:「奥山雨山自然公園を歩く」大阪府・熊取町

2月7日(日)阪急夙川駅8:30集合。叉はJR天王寺駅阪和線①②乗り場9:30集合。9:34発関空快速 熊取駅下車。

その他:弁当・風呂セット持参 雨天中止。

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