ハイキングは中止とお知らせ

左足「膝筋肉痛」のため長時間の歩行、上り下りが困難な状態が続いております。
6月3日までに回復の見込みがないため、とても残念ですが「矢田丘陵のハイキング」は中止とさせていただきます。
今回期待された方にはじゅうじゅうお詫びいたします。
9月の六甲山には復帰して又、皆さんとご一緒に歩けるのを楽しみにしております。

何年も前下山時に痛めた左足。ハイキングの終了時に痛くなることがあるが今回のように長く痛みが取れないのは初めて。
100回以上続いた会も初めて中断。
原因というのは雨天でハイキング中止となった今月6日のこと。
雨は午前中の一時で昼前から回復したので、しまっておいた「歴史の舞台」を思い出し歩いてみたくなった。
場所は6世紀とだいぶ古いが「廃仏派の物部氏」と「崇仏派の曽我氏」が戦った八尾の久宝寺。
主戦地の跡に建てられた「大聖勝軍寺」へ行った後に物部氏の本拠である渋河(川)へ。
時間があれば物部守屋が敗死した東大阪市の衣摺(きぬずり)まで行こうと考えた。
「久宝寺」へは天王寺からJRで10分もかからない。
だからそこは密集した住宅地だ。
「う〜ん」とため息をついて2棟のオール電化の超高層マンションを眺める。
荒涼とした草原が戦場には似合うのだが…。
地図には「渋川」が近いので先に行くことにしたが、「八尾市民病院」前を過ぎても町名は現れない。
どうも線路を挟んで反対側のようだ。
すれ違う何人かに訊いても知らないという返事。
ようやく場所がわかる老人に出会い「勝軍寺」へ転向する。
舗装道ばかりは足が疲れるが一人だし、初めての所は興味も湧いてつい無理してしまう。
教えられた通り密集した民家の間を通過すると、「幼稚園」の角で寺の大屋根が見えた。
「大聖勝軍寺」には「夢殿」のようなお堂が建ち「聖徳太子」との関連を思わせていた。
ベンチで小休止。
痛んできた足を引きずりもう一度「渋河」へ戻る。
駅を越え線路に沿ってしばらく歩くと、工場のコンクリート塀に「渋川」の町名プレートを発見。
「物部守屋」の邸宅跡は地図にはない。
当てずっぽうで渋川を歩き回るが見つけられなかった。(後日渋川天神社がそれに当たると知る)
引きずるような歩き方では、とても物部守屋が戦死した「東大阪の衣摺」までは歩けない。
当時は泥深かった東大阪を想像し、事前準備不足をハンセイしながら「JR八尾駅」へ。
ホームに渡る高架の階段は手すりなしでは歩けなかったし、酒渇も忘れる始末で「一杯飲み屋」の看板が目に入らなかった。

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